砂糖水と雑記帳

なんでもない日常の雑記帳

脱皮に失敗したとして

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私はテレビをあまり見ないので、大きなニュースも目にするのは報道された少し後です。

その日も、その方が亡くなったニュースを見たのはその日の夕方。

多分、一番に報道されたのはお昼頃。

 

嫌な衝撃でした。

 

 

 

 

脱皮のたとえ

その方のこと、特別熱心なファンだったわけではありません。

でも、名前を知っていて、顔を知っていて、その方の出演していた作品を知っていて。

笑顔が印象的でした。

だから、なんだかとてもそういうことが似合わないように思えて。

 

私の情報収集の手段の一つであるTwitterで、とある方がたとえていました。

 

人間も脱皮をするのだと。

脱皮と言えば、私は一番に蛇を思い浮かべます。

窮屈になった体から大きく成長するために脱皮をする生き物がいる。

人間も、肉体的には脱皮は出来なくても、精神的に脱皮をする生き物だと。

 

ただ、蛇と違うのは人間には手があること。手を持った同じ人間が周囲に居ること。

 

自分一人で脱皮が上手に出来なくても、周囲にその脱皮を手伝ってくれる仲間が居る。

だから、どれだけ窮屈で苦しい思いをしていても、諦めちゃダメだよって。

 

30歳って、とても迷う年齢なんだそうです。

今のままでいいのか、変化をすべきか、変化によって失うものは何か、変化によって得るものは何か。

どこの道を行くべきか。

 

その迷っている最中に上手に一人で脱皮出来る人なんて少ないでしょう。

その分岐点が目の前に迫っている私には、脱皮に手を貸してくれる人が居るだろうか?と考えました。

 

テレビは見ない

普段からテレビをあまり見ない生活をしています。

が、このニュースを見てからいつも以上にテレビから離れた生活をしています。

 

意図的にテレビを見ないように。

 

私が大きな衝撃を受けたニュースは、世間だって大きな衝撃を受けているでしょう。

どうして亡くなってしまったのか?

理由は本人しか分からないだろうし、その理由を求めるのは家族とか身内と呼ばれる身近な人たちだけで十分な気がしています。

 

誰かが憶測で言葉を並べるべきではないと、今回のことで強く感じたので、テレビは見ないようにしています。

誰かの聞きたくない言葉を耳に入れないために。

私はこの件に関して、何の情報も欲しくないんです。

 

足元

このニュースを知って、大きな衝撃の後に私は自分の足元を見ました。

 

私の立っている世界からすれば、あの方の立っている場所にはとても多くの人が居る様に見えたんです。

あくまで私の想像ですけど。

でも、あの方なら多くの人が喜んで手を差し伸べてくれたんじゃないかなって。

 

私はどうなんだろう?って思ったんです。

もしも道に迷う時があったとして、これからそういう時が来るのだとして、私の目の前に手をさしだしてくれる人は居るでしょうか?

 

幸せとか不幸とか他人が他人のモノサシで測るものではないでしょう。

そもそも、なにが幸せで何が不幸なのか…。

今の私には分からない気がする。

 

 

 

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