砂糖水と雑記帳

なんでもない日常の雑記帳

お別れの後は雨。

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先日、母方の祖母の納骨があり、参加しました。

 

行き慣れないお墓に極小人数の親類が集まって納骨はおこなわれました。

 

非日常仕様になっていた母の家もいつも通りに戻り、なんだか色々なことがひと段落した様に感じています。

 

 

 

 

お別れ

母方の祖母のお葬式、それの前準備やおこなう事柄にはわりと参加できた方だと思います。

 

コロナの問題もあり、普段通りにはおこなえないお葬式。

そんな中でも、少人数でも、それなりのお別れは出来たかな?

 

人が亡くなる時ってとてもあっけないように思います。

それは、父の最期の時に一緒に居たからそう思うのでしょうけれど、祖母とのお別れもなんだかあっと言う間でした。

 

見慣れた姿から骨だけになり、その姿でさえもお墓に納められた今、自分の記憶だけが頼りです。

私の記憶の中に居る祖母が一体どういう人なのか?どういう人であったのか?

 

思い出すのはちょっと難しい気がしています。

 

というのも、一緒に暮らしている父方の祖母と違い、母方の祖母に会う回数はそこまで多くはなく、一緒にどこかへ出かけた記憶がありません。

深く会話をした覚えもなく、どちらかと言うとミステリアスなイメージ。

 

それでも、私と祖母との間に何も思い出が無い訳では無く。

なんとなく思い出す祖母はいつも笑っていました。

 

長々と

お葬式に参加することってあまり多くはありません。

 

宗教や宗派の違いでお葬式などの流れなど変わってくるのでしょうけれど、しっかりと私が記憶しているのは父のお葬式と今回の祖母のお葬式。

 

我が家の、つまり父のお葬式はとても簡単でした。

いつも法事の際にお会いするお坊さんはお経が早く、短い。

私もそれに慣れているので、あっさりとしたそのやり取りが嫌いではないし、そう言うものだと思っています。

 

祖母のお葬式では、母方の家系のお墓があるお寺のお坊さんがお経を読んでくださったのですけど、我が家とは宗派が違うし、多分お坊さんの考え方も違うので、とても丁寧。

 

長いお経と長い説法。

 

有難いお話だなと思いつつ、知らない世界を少しのぞき見した気分です。

 

そういうもん

小さい頃から家のお墓に入るのが夢だった私。

 

その夢が叶うかどうかは分かりませんが、まぁいつか私も死ぬわけで。

そうなった時、お葬式とかどうするのかな?と素直に思います。

 

残された人にとってできるだけ負担の少ないものになればいいなぁと思うのですけれど。

そう言うのってなかなかうまく運ばないですよね。

知識も無いし、時間の制限もあるし。

 

そう言う時の知識ってあって損は無いと思います。

しかし、いくら知識をつけても自分が死んでしまったらその知識は活躍することは無い訳で…。

 

死ぬって、なんだか面倒なことだなぁって思うんです。

 

 

 

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