週に1回は祖母の元へ顔を出すのが、最近の私のルーティン。
米寿の祖母は、現在人生初の1人暮らしを満喫しているようで、その話を聞いている私も笑顔になれます。
しかしながら、お年寄りと暮らすというのは、「慣れていないと大変なのだろう…」と思わされる話もあり…。
今回は、そんなお話です。
米寿の1人暮らし
今年米寿になった祖母は、人生初の1人暮らし中。
長年連れ添った祖父は、特別養護老人ホームに入ることが出来、祖母の肩の荷も下りたのです。
日々内職に精を出す祖母は、日中は勿論夜も内職をしているみたい。
それでも、「ここら辺かな」と終わりをつけて、その後は晩酌の時間にしているとのこと。
ビール1缶(350ml)と好きなおつまみで晩酌をして、23時頃に寝るそうです。
朝も好きな時間に起きられるし、好きなように生活できるし…と、祖母は1人暮らしの自由を満喫しているみたい。
朝も猫に起こされるまでは寝ているそうです。
目覚まし時計も無いので、祖母を起こすのは猫の「ごはん!」アタックとのこと。
祖母の人生は、今までずっと誰かの為に働いていたものだったので、自分のしたいように自由に出来ると言うのが、祖母にとって大きな変化であり衝撃なのだと思います。
祖母にとっての新たな人生、たっぷりと満喫してほしい。
不慣れな生活…
さて、私は生まれてからずっと、家を出るまで祖父母と暮らしてきました。
おじいちゃん・おばあちゃんが居る生活というのが当たり前だった。
私の成長と祖父母の老いというのはイコールで、生活の中で自然と『お年寄りとはこういうものだ』という知識と経験のようなものを得てきました。
ただ、生活様式というのは人それぞれ。
身近にそういう存在が居ない人が急にお年寄りと生活を始めるというのは、とても苦労するものだと思います。
実際にその苦労の渦中に、親戚が居るのです。
親戚と言っても、私と同年代というわけではありません。
祖父のお姉さん(96歳だったはず)と、その息子夫婦のお話。
そもそも祖父のお姉さんは、我が家の近所に住んでいて、私も幼い頃からとてもお世話になったおばあちゃん。
ただ、色々な要因があり、少し離れたところに住む息子夫婦と同居を始めたのは、おばあちゃんが80代の頃だったように記憶しています。
息子さんというのは、私の父のいとことか、そういう感じ。
急に、息子さんとそのお嫁さんとの3人暮らしになったのです。
おばあちゃんは旦那さんを亡くしてからずっと1人暮らし。
自由に生活していたのでしょう。
それに対して、息子さんご夫婦は、一緒に暮らすという経験は無し。
なかなか上手くいくものではないと、想像は簡単です。
難しい共同生活
ご老人って、こちらが思うようには動けない。
これは、私が祖父母と暮らしてきて身に染みていることの1つ。
歩く速度も、視力も、聴力も、同じじゃないんです。
知識として「当たり前だよ」と思っても、経験しないと実感できない部分でもあるこれ等の事柄。
しかも、老いていくというのは、時間の経過とともに深まっていくもので、『出来ていたことが出来なくなっていく』ということとも言えます。
また、我が家の祖父のように認知症を患ってしまったり、身体の不自由が出てきたり…。
ずっと一緒に暮らしていた私でも、祖父に対してイラっとしたし、本気でぶち切れたことも何度もあるくらいの苦労がありました。
急に一緒に暮らし始めたとなると、色々と不十分だし、ついていけないことも沢山あると思います。
そんな苦労の渦中にいる親戚の話を聞くと、なんとも言えない気持ちになります。
人様のお家の事なので私が口を出せることもないし、何かを言うつもりもありません。
が、もしも困っているのなら、誰かの手を借りるべきだと思います。
行政とか、福祉関連のプロとか、そういう誰かの手を。
家族だからどうにか出来るなんてことは無いと思います。
逆に、家族だからしんどくなってしまうことは多々あるのです。
私自身はもちろん、祖母の姿を見ていると、本当にそう思います。
祖父が特養に入所でき、距離が出来たことで祖母はよく笑うようになりました。
表情もとても明るくなった。
祖父も、施設の職員の方々のおかげでそれなりに楽しく生活できているみたいです。
家に居たときは、「祖母や私に怒られる」という感じで、怒ったり、居心地が悪かったり、祖父にとって決して良い環境ではなかったと思います。
時々「そろそろ家に帰らなきゃ」というようなことを口にするそうですが、施設の中で花壇の花への水やりというお仕事を貰って、毎日励んでいるらしいので、祖父としても良かったのではないかなぁ、と。
祖父の姉であるおばあちゃんも、認知症の症状が出てきているようです。
90代後半という高齢でもありますし、おばあちゃんにとって、息子さん夫婦にとっても良い選択ができたら良いのになあと思ってしまいます。