
朝一の思い付きではありましたが、『ボーはおそれている』見ました。
見終えて思ったのは、「面白くない」という感想。
ミッドサマーの方がまだ面白いなぁと感じました。
多分これは、ボーの方がミッドサマーよりも個人的に期待値が高かったから。
結果として「おぉん…」というなんとも言えない感覚に陥りました。
3時間、頑張った。
何を見ていたのか…
ボーはおそれている、約3時間の映画です。
アマプラで見ていたので、途中で広告が入るなどして、結果として3時間ちょっとの視聴時間。
エンドロールを見ながら「一体私は何を見ていたのか…」と思考。
ボーを眺めていた観客たちが席を立つ様を見終え、私も視聴を終了しました。
ずーっと現実離れした様子が描かれているんですよね。
最初の方は確かにボーの暮らしぶりを見ているんですけど、どんどん変になっていく。
だから、どこまでが現実だったのか?という疑問が湧いてしまうのです。
多分物語はずっとボーの視点で描かれているから、世界を観測しているボーという人間への信頼ができなければ、世界への信頼もできない。
という、構造。
あまりにもわからな過ぎてwikiを見てみたのですが、一応劇中の全ては現実なんですね。
ボーの空想・妄想ではない…とのこと。
ボーが夢だと認識していたものも、劇中で現実に起きたことだと映像上で説明がされていたみたい。
(父親について尋ねるもう一人の僕←屋根裏部屋にいたボーの双子の兄弟)
誰にも共感できないので、感想がしにくいです。
面白くはなかった。
でも、こき下ろすほどに感情が湧いて出てこない。
3時間見終えた感想がこんな感じなので、あっけなくて何とも複雑。
母という怪物
ボーの性格・人格の大きな要因は、ママですよね。
息子を監視し、「会いに来られない」というだけで死も偽装する。
親が子供の愛情を試している時点でだいぶアレですが…。
「私はあなたに奪われた」というようなセリフがあります。
母であるモナは、ボーに愛情を尽くしたのに何も返してくれないと怒っているわけです。
が、そもそも子供を得たのはモナの選択ですよね?
ボーは「僕を産んでくれ」なんて頼んでいないわけで。
モナとその母親との確執も、ボーには関係ないことです。
「尽くしたのに!」と怒られても、「それはそっちの都合だよね」で終わり。
ボーの周囲に出てくる女性って、みんな支配的なんですよね。
母親のモナはもちろん、初恋の相手であるエレイン、グレースもトニも。
これって、自己肯定感の低い女性がモラハラ男性の被害にあいやすい構造がそのまま適用されているように感じました。
グレース・トニ母娘も歪んだ親子関係ですが、これもボーには関係のないこと。
ボーは意見をしっかりと言えないタイプ。
選択を迫られても「どっちが良いと思う?」と、相手の意見を聞くんです。
これは、ボーが優柔不断だからではなく、幼い頃から「ママの正解」を求められてきたからでしょう。
セラピストに「自分が自立しようとするとママが怒る」と言う話をしていたし。
「人の顔色を伺っていい子ぶる」とモナはボーをなじっていましたが、そんな性格を作り上げたのは、他ならぬモナなのです。
にもかかわらず、ラストでボーが乗るボートは転覆し、多分そのまま溺れて亡くなっている。
モナが痛い目に合ってボーの逆転勝利!みたいな形になったら、まだ救いがあったんだけどなぁ。
もう1人の母親
さて、劇中にはもうひとり母親が出て来ました。
それは、森で迷うボーを劇団の拠点まで案内してくれた妊婦さん。
モナとグレースという病んだ母親とは違い、健康そうな女性でした。
彼女が出てきた時、既にボーはグレースの差し金でジーヴスに追われていたので、「ジーヴスに襲われてお腹掻っ捌かれるのでは…」と恐れていた私。
…ジーヴスは戦争中のトラウマからか、精神錯乱を起こして敵も味方も関係なく死体を銃で撃ち続けていたと話が合ったので…。
銃を乱発したり、ボーが居た観客席を爆破したりしていましたが、件の彼女はサッとその場から離れて逃げていたので、ちょっと安心しました。
彼女が亡くなる描写があったら、それがどんな形であったとしても、確実にこの映画を嫌いになっていたと思います。
頑張った、3時間
とりあえず、3時間頑張りました、私。
映画視聴中、途中で流れたCMでババンババンバンバンパイアを見て「次、これ見よう…」と心惹かれた。
そして、癒された。
あの癒しが無ければ見続けられなかったかもしれません。
しかしながら、3時間の映画を見終えたという事実は、私に自信をくれました。
やればできる、私。