
食卓って各家庭の個性が出ますよね。
あまり外食も人様のお家で食事をごちそうになる事も無いのですけど、
そう感じる事があったので、私の食事についてのよく分からないこだわりと一緒に書いてみました。
大皿でドーン
我が家の食卓はおかずに関しては大皿で出されるのが普通です。
野菜炒めとか煮物とか作ったおかずはみんな大きなお皿に盛られて、それをテーブルの真ん中に置きみんなで突っつくのです。
手抜きになると、買って来た刺身などパックのまま出してそこから取って食べたりします。
気にする人が居ないので、そんな感じになっている食卓。
幼い頃からそれが当たり前だったのでどこの家庭もそんなもんだと思っていましたが、家庭によってさまざまなんですよね。
最近それを深く思い知る出来事がありました。
祖父の姉は90代で、耳は遠いのですけど頭の方はとてもしっかりとした人です。
長らく一人暮らしで好きなように生活していたのですが、息子さん夫婦と一緒に住む事になり引っ越して行きました。
それまで我が家の近所、徒歩5分のところに住んでいたので私にとっては祖母の一人のような感覚の人です。
笑うととても可愛らしく、お別れの際は必ず「バイバーイ」と手を振るのが決まりでした。
そんな祖父の姉が引っ越して行った先。つまりは息子さん夫婦のお家。
息子さんの奥さん、お嫁さんは潔癖な人の様で1日のうちの半分の時間を掃除に使っているような人なのだそうです。
料理も、おかずのお皿には全てそれ専用のお箸がついてきて、そのお箸に持ち替えて自分の小皿に取って、そこから自分の端に持ち替えて口をつける
のだと言っていました。
祖父の姉であるお婆ちゃんがその話をするまで、そんな事は知らなかった我が家。
特に私と祖母はその食卓を想像して「洗い物が大変そうだ…」と同じ感想を持ちました。
1回の食事で何本のお箸を洗うのか、想像できませんけど…
洗い物が多い事くらいは容易に想像できました。
各お皿にお箸がついていなくても、各々に小皿でおかずを丁寧に盛って出しているお家もあるんだと思います。
それもまた洗い物が多くて大変そうだなあと思うのですけど、家によってやっぱり様々なんですよね。
小皿で出されるのが当たり前の生活の場合、洗い物云々とか気にしたりしないんだろうなあ。
味噌汁はデザート脳
おかずを大皿で出される家で育った私。
三角食べと言うのがとても苦手です。
今はまだマシになったと思いたいのですけど、小さな頃は可笑しな食べ方をしていました。
と言うか、自分ルールが可笑しかったのです。
食事に関する自分ルールというものが小さなころからありました。
・お米が無くなったらご飯は終わり
・味噌汁は一番最後に
という2つが大きなもの。
大皿でおかずが出される家だったので、明確な食事の終わりのタイミングというのが分からず、まさか大皿のおかずを一人で平らげるなんてできず、
という事で、自分のお椀に盛られたごはんが無くなったら私の食事はそこで終わり、と小さな頃は考えていました。
そして問題なのが二つ目。味噌汁はデザート理論。
言ったところで理解してもらえるとは思えないのですが、私が食べ物に手を付ける順番は決まっていました。
おかずに手を付けごはんを食べてごはんのお椀を空にする。
そして一番最後に冷めてしまった味噌汁一気飲み。
和食の食べ方から考えると汁物に最初に手を付けるべきなんでしょうけど、なぜかそれがとても嫌だったんです。
そして、ご飯の最中に味噌汁に口を付けるのもとても嫌だった。
味噌汁が嫌いなわけじゃないんです。むしろ好きです。
だからこそ、とっておきは最後に。と言う感じでした。
今でも好きな物は最後に残して食べる方ですが、それの極端な例と思って頂ければ…
今は味噌汁の食べ方に関する強いこだわりは無くなりました。
あったかいお味噌汁は美味しいです。
綺麗に食べたい
味噌汁に関するこだわりは無くなっても、三角食べは相変わらず苦手です。
外食の際にハンバーグ定食を頼んで、ご飯や付け合わせを間食してお腹いっぱいになりハンバーグを残すという事態になった事も何度かあります。
私の中ではやっぱりお米を食べる=食事という感覚なので、お腹を満たすためにお米メインで食べてしまうんですよね…。
その結果メインであるはずのハンバーグが残るという。
食べ物はなるべく残したくないし、食べるなら綺麗に食べたい。
三角食べが綺麗にできる人は素直に尊敬します。
食事の姿が綺麗な人にも憧れます。
楽しい食事の時間にするためにも、自分の食べ方なんかをもう一度ちゃんと気にした方が良いなと思ったここ最近でした。

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