砂糖水と雑記帳

なんでもない日常の雑記帳

昨年末から感じていた死の匂いの暴発についての一人語り。

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今回は読み難いことは承知で書いていこうと思います。

誰かに伝えたいというよりも、ただただ思っていたことなので書くという感じ。

 

 

 

 

気配

昨年末から感じていました。

なんだか死の匂いがするなと。

 

そもそもは昨年末にとある方の訃報を聞いてから始まったのですけど、そこから2020年に入って今まで、私の今までの人生で一番死というものに触れてきた期間だと思っています。

 

嫌な気配というものは引きずるものですね。

なんだか昨年末からずっと私の傍に居るのです。その気配が。

 

死と言っても、物理的に近いものだけではありません。

精神的な近さを感じていた方の気配も含みます。

 

そんなことを言ったら、毎日数えきれないくらいの人が亡くなっているのですけれど、でも、そういう数多の死とはまたちょっと違うのでした。

 

匂い

死の匂いがまとわりついている気がします。

別に私自身がすぐに命をなくすような状態にあるわけでは無いのですけど。

 

そもそもこんなことブログに書くつもりではなかったんです。

死の匂いの話なんて、誰かに話すことでもないし、楽しい話題でもないし。

 

でも、この記事を書いている現在。とあるニュースを目にしてしまい、書かずにはいられない心理状態になりました。

 

とある方についてのニュース。

その方は亡くなったわけではないのです。

でも、もしかしたら、大きな意味合いとしてなくなってしまうかもしれない状態に今あるそうです。

 

あるそうです、と書くのは、私が物理的に身近に居るわけではないから。

ニュースという形でしかその方の今を知ることは出来ません。

 

命はあるのです。

でも、もしかしたら、大きな意味で死を迎えるかもしれない状態にあるその方。

 

そのニュースを見た時に、大きな衝撃を受けました。

というのも、数日前にその方に関する少々不安な記述を見ていたから。

普段ならばスルー出来てしまう一文がずっと心に残っていました。それが最悪の形に近い状態で現実になってしまったのです。

 

死の匂いが濃く感じられると思っていた最近。

もしかしたら、その方にも大きな意味での死が訪れてしまうのではないか?と不安で仕方ありません。

 

明日

よく、「私が代わってあげられたら」なんて言葉が出てくることがありますよね。

人の苦しみを代わりに背負ってあげられたら。

 

今回のニュースを見た時に、「どうして私じゃないんだろう?」と素直に思いました。

 

どうして、私ではなくその方にそのような事態が起こったのだろう?と。

 

死の匂いがいつ薄くなるのか、私には分かりません。

今日まで、多くの死に触れてきた気がします。この先もまだ匂いは取れないのかもしれません。

2020年という年は、私から何かしらを奪っていく年なのかもしれないと思ったりもします。

現に、身近なところでも別れが多かった。

 

だからというわけではありませんが、その方だけは奪わないで欲しいと思うのです。

私よりも深く悲しむ方は大勢居るだろうし、勿論私も悲しいし。

命を奪わないで居てくれたのだから、またその方が元居た場所に何の問題もなく戻れるようにしてほしいのです。ワガママかもしれませんが、でも、それが望みです。

 

その方に大きな意味での死が訪れることがありませんように、と祈るしか私には出来ません。

遠くの遠くの蟻んこのような私の祈りが、目に見えない大きなものを動かすとは思えませんが、しかし、そうするしかないようにも思うのです。

 

 

 

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