砂糖水と雑記帳

なんでもない日常の雑記帳

知らない変化に気づく

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ふと気づいたことがありまして。

小さい変化かもしれないし、大きい変化かもしれないし。

そこら辺は区別が難しいのですが、でも確実に変化したなぁと思ったんです。

 

 

 

 

流れの中で

基本家から出たくない人間の私。

部屋にこもって一人で何をするでもなく毎日を過ごしています。

人と一緒に居ることが辛く感じたり、疲れてしまったりして、そう言ったことから離れた安全な場所が自分の部屋なんですよね。

 

そして何よりも苦痛なのが会話をすること。

自分の考えを提示することを求められるのがとても辛いんです。

一体何を考えているの?というような内容の質問に対しての、どうしてそんなことに対して答えなくてはいけないのだろう?という嫌悪にも似た不快感がとにかく苦手でした。

 

そもそも会話のない家庭で育っていて、人と会話をするということがあまり身近ではなかったことがそれらの思考の根底にあるのだと思っています。

家の中にいて口を開くことを相手から求められる時って、私にとって心地のいいタイミングではなかった。

怒られたりとかしている時に、一体お前は何を考えているのか?と聞かれていたんです。

そういった経験から、私は自分の意見をを言うということが苦手だったし、そう言った場面を避けてきました。

 

口を開くことを求められない生活が何よりも私にとって心地のいいモノだと思っていたんです。

 

求めています

人との会話や意見を求められると言うことに苦手意識のある私ですが、なんだか最近人と会話をしたい、と思うようになっていました。

誰かの意見を聞きたい、と。

そのために、自分の考えを開示して、相手から何かしらを得よう、と。

 

今は知りたいと思っていることがあって、それのために勉強したいと思っています。

今までならば、本を読んだりネットで調べたりして自分の中で完結させることを一番に選んでいました。

が、気づけば誰かからの意見を求めよう、としている自分がいる。

 

意識的にそれを考えついたわけではなく、この変化について気づいたのも本当に偶然。

ただ、そのように自分の意識が変化した原因の一つは思いつくような気がしたんです。

 

それが、誰かが自分の意見をただひたすらに聞いてくれる、と言う経験。

否定されることなく話を最後まで聞いてくれる。

たどたどしく紡いだ言葉を自分が思っているように汲み取ってもらえて、それを飲み込んでもらえた上で相手の意見を聞くことができる。

 

それらのとても貴重な経験が、私と言う人間が長らく抱えていた苦手意識を薄くしてくれたんだと思います。

 

その先は

私が知りたいと思っていること。そのために誰かからの意見を求めたいと思っていること。

それらを知り得た先で自分がどうなっているのか?私自身も気になっています。

何かしらの変化があればいいなぁ、と。

 

見えない未来のちょっとしたワクワクを頭の隅に置きつつ、今は自分自身の変化を楽しもうと思っています。

 

 

 

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