
第16回のどうする家康。
井伊虎松が気になり過ぎて、すっかり信玄のことなど忘れていましたが、サブタイトルが『信玄を怒らせるな』でした。
ムカデが印象的過ぎて、放送を見終わった直後に検索してしまいましたよ。
良き漢だね。
虎松
前回からの超個人的考察で、虎松として登場した意味など考えていたのですが、多分純粋に時間軸的にまだ子供だったのだろうと放送を見て思いました。
可愛い、虎松。
あそこまで動ける人が徳川家臣団には居ないので、これから良いアクセントになってくれるのだろうと期待します。
良い意味で野生児というか…。
イメージとしては、鞍馬山に居た牛若丸です。
これから戦でも大活躍する人物になっていくのでしょうけれども。
本田忠勝がどっしり重めな動きだと想定すると、その対極に居るのが彼なのでしょう。
これからが楽しみな存在です。
が、しばらくは出てきてくれないんだろうなぁ…。
さて、今回の中心人物であった武田信玄。
甲斐の虎ですね。…ここにも虎がいた。
自身の不調を感じつつ、信長討伐に向けて動き出すまでの様子が描かれました。
家康は信長の前のちょっとした小石にすぎません。
オープニングでもエンディングでも、象徴的に描かれていたのがムカデ。
信玄の兜飾りのあの顔が印象的で、てっきりアレがムカデなのかと思っていたのですが…。
調べたらあの飾りは獅子らしい。
ムカデは武田軍の伝令旗に描かれていた象徴のようです。
ちなみに、毘沙門天の使いとしてもムカデは活躍しているらしいのですが。
毘沙門天を信仰していたのは信玄のライバルである上杉謙信。
そのため、信仰という面でムカデの象徴を使用していたわけではなく、「前にしか進まないムカデの習性から伝令旗に描いていたのではないか?」という説を見かけました。
今も昔も情報ってとっても大事。
そもそも信玄は浜松の民たちもお金と情報にて掌握していたわけで…。
戦のような混乱を極める場において、1度口にしてしまったモノは元には戻らず進むだけっていうことからのムカデだったのではないか…?と。
「さっきの撤回!」とか、ムリだもんねぇ。
バトルコロシアム
武田に人質としておかれていた家康の義理の弟である源三郎。
屈強な武田の男たちに揉まれていました。
その姿は、幼い頃の家康の姿に重なるものがあります。
最初、信長の家臣(?)たちに揉まれていた幼い家康の姿を見たとき、信長が荒くれの若者たちを率いて遊んでいるのだと思っていました。
が、信玄もあのような場を設けているということは、あれが「ある種の武士の育成方法だったのかな?」と。
昔は学校など無いわけで。
剣術道場などが出来たのも、江戸時代とかもっと太平の世になってからでしょう。
あの時代、武士であれば父親から武術など学ぶのが一般的であったはずです。
が、軍の武士とするならば個々に武術を鍛えるよりも、集めて一緒に鍛えた方が統率やら団体の動きの面でやら、良いことがあると思われる。
そんなわけで、「ああいう形をとっていたのかな?」と想像しました。
質素な食事をあえて与えていたのも、ハングリー精神を育てるためには効果的なのかもしれません。
信玄は人心把握にも長けていたのでしょうから、飴と鞭のバランスも良く、「ここぞ」という時の動きも完ぺきだったのではないでしょうか。
あと、単純に修行僧的な見方も出来る気がするので、そういう意味でもあんまり豪華な食事をとっていないのはしっくりくる。
土地的に畑を広げたりっていうのが難しいだろうから、干した肉とか保存食をチビチビ食べているのも甲斐の民ならではって気がします。
自分の息子を誰よりも厳しく鍛えているというのも、信玄らしいですよね。
そういう姿をしっかり見せることも、家臣たちの心を掴む要素の1つ。
自分が居なくなっても、勝頼を中心にまとまることが出来る。
若い家臣からしてみれば、一緒にあの苦を耐え抜いた仲間にも成り得るわけだし、「一生仕えていこう!」って思えるはず。
今も未来もきちんと把握して考え動いていた人物として、武田信玄は描かれているのでしょう。
そういう意味では、姿は違えど今川義元にも通じる描かれ方ですね。
格好いい大人だ。
戦と戦
さて、次回からしばらくは戦展開が続くのでしょうか。
家康が信玄との戦から命からがら逃げた姿の掛け軸、有名ですよね…。
「漏らした姿を描いておけ!」ってやつ。
その掛け軸のイメージが強いので、お話の流れというか、家康の描かれ方もそんな感じなんだろうなぁと想像します。
ま、戦であれば忠勝の活躍が見られるだろうし、それを楽しみにしていたい。
ということで、今回の感想雑記はここまでにします。
本当は忍についてとか書きたいのですが、毎度の如くの文字数…。
1話につき1記事で間に合わないって、ドウイウコトなの…?
いやー、面白いんだ、大河。
