砂糖水と雑記帳

なんでもない日常の雑記帳

おじさんの部屋の片づけ【宝物庫の整理処分】

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家の片づけ、第二弾と言いますか、片づけする部屋が新しい部屋に移りました。

とにかく物が多すぎて、そう簡単には片付かないんです、家。

今片付けを進めているのは、おじさんの部屋。

物に溢れた部屋は、私にとっては宝の山です。

宝物庫を片付けよう

おじさんは以前にこの家に住んでいました。

ただ、何年も前に亡くなっていて、それ以降は部屋の片づけも一切されないままで今に至っています。

それを、ようやく「片付けよう!」となったわけです。

おじさんの部屋はほとんど本で埋まっています。

本やノート、スクラップブックとそれ用の切り抜き

それらの物で埋まったようなお部屋です。

 

本を片付けるとなると、古本屋さんとか家に買い取りに来てくれるサービスがありますよね。

全てをゴミにしてしまうのはあまりにも勿体ないので、それらのサービスを利用しようと考えました。

しかし、近場でそれらのサービスを行っている店舗が無い。

そこで、全て自力で本を選別し、ブックオフに持っていく、という作業をしています。

選別と言うのは、何を選び取っているのか?と言うと、売れる本かどうか?というところ。

これは、値段が付きそうかどうか?という事ではなく、根本的に買い取ってもらえるかどうか?という部分での選別です。

と言うのも、本によっては中にラインや書き込みがされている物があるんです。

そういった本は買い取ってはもらえないだろうという事で、ペラペラと中を確認して選別しています。

 

凝り性のおじさんは、なかなか良い物を集めていました。

それは、本だけでなくて身につけるものとか、とにかく自身の身の回りの物たちです。

三島由紀夫の全集がきっちり全巻揃っていたりもしました。

当時の値段で54万円くらいしたんです、全集。

 

そういった本を揃えていたりもしたおじさん。

その他、色んなジャンルの本がびっしりと並んでいるおじさんの部屋は、私にとっては興味の尽きない部屋で、宝の山なんです。

何処を見ても面白そうなものばかり!

片付けの手が何度も止まってしまうようなお部屋なんですよね。

今更気づいたコト

おじさんの部屋の片づけをしていると、スクラップブックや色々と書き込まれたノートも沢山出てきます。

それらのノートを見て思うのは、似ているなぁということ。

おじさんは男性にしては柔らかい線の文字を書く方で、とても几帳面にノートを書かれいました。

物によっては、ノートの白い面が見えないくらいにびっしりと文字が書かれているようなノートもあります。

 

使うつもりで買ったのか、未使用の真っ新なノートも見つけました。

しかも、ただの大学ノートなどではなく、綺麗な装丁の一見するとノートとは思えないような物。

ノートにもこだわりが見えるんですよね。

そして、小さな文字をびっしりと並べたノートの中。

それらは、どことなく私に似ているんです。

 

私の知る限り、私の身の回りで文房具に対してこだわりがあるのは私だけです。

文字を書くことへの執着の強さを持つ人も、身近には居ません。

そう、気づくまではそう思っていたんです。

 

そもそも父方の血統が強いと思っていた私。

勿論、生まれ育った場所で、つい最近まで生活していた場所が父方の家なので、身近に感じてしまうのは当然だし、何かしらの影響も受けているでしょう。

ただ、今回のことで母方の血もちゃんと遺伝して受け継がれているんだなーと。

しかも、おじさんの影響が強そう。

と言うのも、おじさんは腎臓を患っていて、長い間透析をしていました。

父方で腎臓を悪くした人は居ないので、私の近場で…と考えると母方のおじさんだけなんです。

文房具(ノート)へのこだわりと、びっしりと文字を並べる『書く』という事への執着の強さも、おじさんの部屋に並べられている本たちも、私に似ている部分であり、好きな物たちばかり。

どうやら、私は母方のおじさんに似ている部分があるのだなぁと実感したんです。

なんだか嬉しい

既に亡くなってしまっているおじさん。

実はあまり交流の無い方でした。

無くなる少し前から体調を崩されていて、病院に通ったり、日々の生活の中で手が必要になった時に母が駆り出されていたんです。

その当時、母の近くにいたので行動を共にすることが多く、その頃になって初めておじさんとまともに会話をするようになりました。

話してみると、とても面白いおじさん。

ユーモアが有って、紳士的な、そんな方でした。

もっと話をしたい、色々な話を聞いてみたい、と思った時にはとても遅すぎた。

思い出すたびに、おじさんの部屋に足を踏み入れるたびに、勿体ないことをしたなぁと強く思うんです。

 

元々交流が薄かった理由は、おじさんが人の集まる場に顔を出すようなタイプじゃなかったからです。

そして、子供だった私にとって、おじさんはとても不思議な人でした。

小学校低学年の私へ、お年玉として海外の硬貨をくれるような、そんな人だったおじさん。

今考えればとてもお洒落で粋なことをしてくれたな、と思うのですけど。

子供の私にはひたすらミステリアスな人だったんですよね。

私自身も自分から誰かにグイグイ向かっていくタイプじゃなかったので、おじさんという人を知るようになったのは、二十歳超えてからくらいになってしまいました。

勿体なかったなー、本当に。

 

おじさんの部屋の片づけはゆっくりのペースにはなってしまうのかもしれませんが、進めていきます。

売ってしまいたくない、処分したくない本などは、私の部屋に持ち込んでしっかりと保管してあります。

私にとって面白い物しかないおじさんの部屋。

綺麗に片付いた先を想像するのも楽しいですが、片付けている最中の色々な物を発掘しておじさんと言う人を知ることが出来る今も、とても楽しいです。

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